18才で司法試験合格・・!?

こんにちは。

今日は台風一過の暑い一日となっています。こちら甲府は真夏日です。

あなたのところはいかがですか?

台風通過後、また、コロナの解除宣言後初めての週末となり、日本各地で人出がにぎわい、高速道路も渋滞が出来る程だそうです。今まで”我慢、我慢”の強制でしたから、タガが外れてしまったのでしょう。”これぞ、自由!!” とばかりに、夜は外食へ、またお酒も解禁になったそうで、酒所も大賑わいだそうです。

また、今日のようにお天気が良ければ、土、日とお泊りで出かけたり、お盆に帰れなかった方々が帰省したり、ホントに自由を満喫するかのような賑わいです。

この事でまた、必ずお返しが来ると懸念している方々も大勢おられ、特に、医療従事者にとっては心配の種となっているようです。

何事もなく週末を過ぎて欲しいですし、連休をやり過ごしたいですね。主が守って下さいますように。アーメン

 

私たちの教会も、明日は第一ということで礼拝が久しぶりに持たれます。

昨年4月のイースター後からその年の9月まで礼拝がお休みになりましたが、毎月第一だけは続け、聖餐式、アッセンブリーを持って来ました。そのアッセンブリーの中で、その月の礼拝をどうするかを話し合いしてきたわけですが、明日のアッセンブリーでこの10月の礼拝をどうするかを皆様とともに話し合い、決議します。

解除になったということは、この10月の礼拝が続けられる公算が大きいと思われますが、明日、決定します。

私たちは、この10月でここを出ますので、母には申し訳ないのですが、約3Wのロングステイをお願いしました。その間に、集中して引っ越し作業を進めるつもりです。

最初は、教会3軒隣の母が借りている一軒家にしばらくお世話になろうと思っていましたが、家主さんも早く出て欲しいみたいですし、教会も、そんな近くをウロウロしていたら困るということで、早急に次の落ち着き先を決めなくてはいけません。主が、一番良いところを決めさせて下さるようにと願っています。

ですから、この牧師館の引っ越し作業、母の借りている一軒家の引っ越し作業と同時に、新しい住居探しと引っ越しを同時進行で進めなくてはいけません。もし、あまりにも遠くへ引っ越すようなら、母の施設も探さないといけませんけど、甲府市内に住居があれば、今のところで続けてお世話になることが出来るそうですから、とにかくしばらくはそうさせてもらうつもりです。

人生、いろんなことが起こるもんですね。まさに、「上り坂、下り坂、まさか」です。

 

たくさんいただいたものは、たくさん処分しなければなりませんから大変です。今まで、本当に多くのモノに囲まれて、感謝、感謝で過ごして来ましたが、捨てるには惜しいものもたくさんあり、後ろ髪惹かれます。

でも、主は与え、主は取られるお方ですし、必要は満たして下さる主であることをしっかり信じていれば、いただいたものは処分する勇気も与えて下さると思います。

今まで、「私の辞書に『捨てる』という文字はない」と公言してきましたが、ここにきて、捨てるモノがたくさんあることを認めます。そうです。天国に持って行けるモノなんか何もないんですからね。そこはしっかり思い切りたいと思います。

ただ、誰かの役に立てるなら、出来るだけあげたり、売ったりして、次のために活かしたいですね。本は古本屋に、洋服類は古着屋に、鉄や金属類はそれなりの会社へお願いするつもりです。

そして、地区の「燃えないゴミの日 有価物の日」を利用して、出来るだけ費用をかけずに処分していきます。そういう日は日程が決まっていますから、時間との勝負でもあります。主が、合理的に、能率よく物事を進めて下さるよう、知恵を求めます。アーメン 大丈夫です!! すべては旨く行きます。頑張ります。

 

ところで、今日のネットニュースで、18歳の方が司法試験に受かったことを聞き、本当に驚きました。あの、一番難しいと言われる#司法試験#です。 2.3回落ちるのは当たり前、何度も何度もチャレンジしてやっと合格するというあの#司法試験#です。 凄い人がいるもんですね。

先のオリンピックでも、10代が世界と戦う姿を見て本当に驚かされましたし、将棋の藤井聡太9段もそうですし、今は時代が本当に変わって来ているんですね。アナログ人間にはわかりにくいところですが、ただ、「凄い!!」ということだけはわかります。

たとえアナログ人間でも、また65才でも、”まだまだこれから…”という気持ちで、いろんなことにチャレンジする気持ちだけは持っていたいものですね。#ウヘッ# だって今は、100才時代ですから…。#ウヘッ~…#

 

「見よ。わたしは新しいことをする。」これは聖書のお言葉ですが、昨年からこの御言葉に心を奪われています。主が最初、この御言葉の映像を見せて下さった時は何のことかよくわからなかったのですが、それからコロナのことが始まり、相生Ⓟのことがあり、そして私たちの辞職へと続きました。

まだそれから先は見えていませんが、これらが一連の「主がなされる新しいこと」へと続くのだと思います。

主は良いお方です。また、すべてをご存じのお方です。もし、私自身に神様から叱責されるようなことがあるなら教えて下さるでしょう。今のところ、私自身のうちに、主に責められるようなことはなに一つ思い当たりません。(と言っても、私に何も悪いところがないという意味ではもちろんありません。)

主人のことで黙っていたこともたくさんありますが、そのことが「噓をついている」ことと言われれば、確かに嘘をついたことになるのでしょうが、黙っていることと、うそをついている事とは別のことだと理解していますし、主人のことでも、うそをついているようなことは何一つありません。主がご存じです。

ある方のミスをかばい、教会のためを思い、神様に導かれてしたつもりの私の行動が「悪」だというなら、そのことも甘んじて受けます。この事に関しても、私自身の動機に何一つ責められるようなことは思い当たりませんが、教会は私たちの辞職を決定しましたから、このことも受け入れます。

これらすべての背後に主の御手があることを信じています。

教会から辞職へと勧められた私たちのこれからのことも、また、これからの教会のことも、主の御手の中にあることです。主は良いお父様で、何もかもご存じです。私たちも、そして教会をも祝福して下さることでしょう。

教会のことは私たちの手を離れますから主にお委ねしますが、私たちは私たちのこれからを祈り続けていきます。どうぞ、私たちのために、またカルバリ教会のために続けてお祈り下さいますよう、よろしくお願い致します。

明日の、すべての教会の礼拝が祝福されますようお祈り致します。アーメン

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