今もとりなして下さる神様・・

こんばんは。

今日も暖かい日で、朝ストーブを付けなくても大丈夫でした。

あなたのところはいかがでしたか?

今日は、3月最後の日であり、また、年度末日でもあります。明日から、新年度に変わって行くんですね。

春の選抜大会では、まだ3年生も出場していると思うのですが、新3年生という意味なのでしょうか。それとも、この3月に卒業された3年生という意味なのでしょうか。どちらにせよ、甲子園においてはいろんなドラマがあり、非常に篤い戦いが繰り広げられていますが、素晴らしい青春のページになることだろうなと羨ましくなります。

私の高校時代と言うと、色で言えば灰色、なんとも味気ない青春でした。いったい何をやっていたのだろうと思い出すことも出来ません。高校生になると、いろんな中学から合同で学ぶわけですが、ホントに勉強が分からなくなってしまったのが高校時代です。出来る人がいっぱいいました。特に数学などはチンプンカンプンで、関数やベクトル(?)など、未だに「なんのこっちゃ!」とさっぱりです。社会科も、日本史もわからないのに世界史?、さっぱりわかりませんし、興味もありませんでした。

そんな私が神学校に入った時に、使徒パウロの生き方にものすごく感動して、第一次、第二次、第三次宣教旅行など、面白くて面白くて…、本当は消灯を過ぎてから電気を付けていると校則違反になるのですが、見つからないように押し入れの中で、毛布をかぶって徹夜で勉強したこともあります。環境が違えばこうも違うもんですかね。聖書を読むのが大好きです。聖霊様によって、うちも外も全く作り変えられたということだと思います。

さて、昨日は、イエス様と一緒に十字架にかけられた二人の犯罪人は、実はイエス様を信じる前の、古い自分、生まれたままの自分の姿だったということを分かち合いました。イエス様は、聖霊様を通して、今もなお、私のために、またすべての人のためにとりなし祈って下さっていることを今晩お分かちしたいと思います。アーメン

  オリーブ山のゲッセマネの園で祈られるイエス様

主は今も生きておられ、御業をなし続けておられます。人を造り変えたり、救ったり、癒したり出来るのは神様にしかできない御業です。

こんな弱い、また罪深い自分のためにイエス様が身代わりとなって十字架の上で死んで下さり、私のすべての罪の罰を受けて下さったことを心から感謝致します。そして、すべての罪を赦して下さり、神の子として下さり、神の子としての特権、身分を与えて下さり、さらにその上永遠のいのちを与えて下さったことに心から感謝しかありません。

この世界に生きていても、私たちは天国人であり、倒れそうでも主が支えて下さり、罪を犯しても主がとりなし祈って下さっています。こんな大きな、大きな恵みを心から感謝します。ハレルヤ!

この素晴らしい主に栄光がありますように。アーメン

さてこれから、夜のお祈り会です。この感謝を祈りに変えて、主の御前に出たいと思います。アーメン

あなたとあなたのご家族皆様の上に、主のお守りと祝福、救いと恵みが豊かにございますようお祈り致します。

今度の日曜日午前10時から「イースター礼拝」です。この素晴らしい主の御業を心から感謝し、主に礼拝をお捧げ致します。あなたのお越しを心よりお待ち申し上げます。アーメン

今週は受難週です・・

こんばんは。

今日は朝から本当に暖かくて、初めて朝ストーブを付けませんでした。今までも暖かい日もあったのですが、うちの母が92才ということで心配もあり、一つだけストーブを付けて全部の部屋のドアを開けていたりしていたのです。今朝、温度を見るためにストーブを付けたら、なんと部屋の中が19℃と表示されたので驚きました。ですから、今朝はつけなくても大丈夫でした。!(^^)! 

  満開の桜と in太田町公園

今、いろんなことの手続きをしていて、月曜日から役所行ったり郵便局へ行ったり、また法務局へも行ったり、さらにその上、プライベートなことで年金機構にも出かけたりと大忙しです。やりかかると早く終わりたいのでついつい何度も行く羽目になってしまうんです。

でも、今週は受難週です。少し心を落ち着けて、また、時間にも余裕を持って祈りたいものだと思っています。

イエス様は、私たち一人一人を愛して、私たちが救われるために、私たちのすべての罪を身代わりとなってご自身が受けて下さり、十字架にかかって下さいました。イエス様と一緒に、二人の極悪人が十字架にかかられましたが、それはちょうど私たちの姿と重なります。確かにあの極悪人は、「自分たちは悪いことをしたから刑に処せられているのだ」と言いましたが、聖書で言うところの原罪は、「神を信じないこと、神を認めないこと」ですから、そういう意味であの二人は私たちの原罪の姿を現しています。

私たちが悪いことをしたから十字架につけられるのではなく、神を知らない、信じない、認めない、その原罪が私たちを十字架の刑に処するのです。あの二人がローマ人であったか、あるいはユダヤ人であったか確かなことは書かれてありませんが、たとえローマ人であろうと、またユダヤ人で在ろうと日本人であろうと関係なく、罪人 ーすなわち神を信じない者ー はすべて十字架刑に値するのです。

でも、そんな私たちであっても、イエス様と一緒に十字架につけられたあの罪人と同じように、「イエス様、どうぞあなたが天の御位につかれる時には私を思い出して下さい。」と願うなら、「神様、どうぞ私の罪を許して下さい。」と告白し信じるなら、私たちのすべての罪は赦され、神の子供とされ、永遠のいのちが与えられ、あの罪人と同じように、「あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」と宣言されるのです。

なんという大きな恵みでしょうか。

あの罪人は十字架にかけられていて、死ぬまでの間に何一つ善行をしたわけではなく、ただ信じただけです。イエス様が神の子であることを信じた、ただそのことのゆえに天の御国へと入ることが出来たのです。アーメン

私たちは今、十字架にかけられているわけではありませんから、何か良いことをしたら天国に入れるのではないかとか、献金(お布施?)をしたら天国に入れてもらえるのではないかとか、何か大きな勘違いをしていないでしょうか。

天の御国に入るために必要なことは、ただイエス様が神の御子であることを信じる、それだけです。

あまりにも簡単すぎてわかりにくいのかもしれません。

もっと具体的に、たとえば1000回善行をしたら天国へ行けるとか、1000万円献金したら天国へ行けるとか言われればわかりやすいかもしれません。でも違います。ただ信じるだけなのです。イエス様が神の御子、キリストであることを信じるだけで天の御国へと入ることが出来るのです。

天の御国がすなわち神様の国に入ることで永遠のいのちを頂くことですが、「その永遠のいのちとは、神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストとを信じることです。」と書かれてあります。

イエス様が、一人一人を深く深く愛して下さっていて、その救いのために十字架にかかられたのが受難週です。

映画などで「13日の金曜日」などと言われるのは、イエス様が十字架にかかられたのが金曜日だからです。でも、イエス様は十字架にかかられて死なれましたが、三日目によみがえられ、今も生きておられます。

以前は、土曜日が安息日だったのですが、イエス様が三日目の日曜日に復活されたことを記念して、それからは日曜日を安息日とするようになりました。

もちろん、厳格派のユダヤ教では今でも土曜安息日を守っておられる方々もいらっしゃいますが、いわゆるキリスト教では、原則日曜日が礼拝日としてささげられています。私たちもまた、三日目に復活された日曜日に礼拝を捧げています。

ですから、今度の日曜日は「復活祭=イースター礼拝」を行います。ぜひぜひ、この喜びの復活祭を共に喜び、お祝いしましょう。午前10時から始まります。あなたのお越しをお待ち申し上げます。

近頃暖かくなって来てみんなが出かけるようになり、コロナもリバウンドしていると報じられていて、まだまだ不安な日々が続いています。どうぞ、あなたとあなたのご家族皆様の健康が守られますようお祈り致します。

おやすみなさい。

                   変わり椿 in太田町公園

来週は「受難週」です・・

こんばんは。

こちら甲府は、今朝とても冷えました。3℃だったようです。後から知ったのですが、霜注意報が出ていたようです。まだまだ油断ならないです。昼間の車の中はガラス越しに暑く感じるのですが、窓を開けた外はちょっと冷たい風が吹いていましたから、やはり昼間でもそれほど温度は上がってないようです。

ただ、どこもかしこも”桜” ”さくら” ”サクラ”で、本当にきれいです。また、桃の花も満開に開いていて、あたり一面真っピンクです。これもまたとってもビューティフルです。今日見た桃園は春日井ですが、静岡方面から精進湖線を下って甲府盆地を見下ろした時のピンクも、また、富士吉田方面から御坂を降りてくるところの甲府盆地も、どちらも本当に感動的な真っピンクなんです。今年はコロナの影響で盆地を出ていませんから見ていませんけど、今頃ならちょうど見頃のはずです。

さて、今年は4/4(日)が「イースター礼拝」となっています。毎年、行事の時は教会の前に看板を出すのですが、まだまだコロナの影響も強く、今年は看板を出すのは止めようと思い、出していませんでした。ところが、先日、思いがけず県外の方が私たちの教会に寄って下さって、少しだけお交わりのした際、ブロック塀に掛けてある看板を見て電話をかけて来られたということを知り、今からでも看板を出した方が良いのではないかと考えを改め、遅くなりましたが、看板を出すことに致しました。後残り一週間となってしまいましたが、教会の前が役所という強みで、いろんな方が出入りしますから、一人でも二人でも看板を見て下さったらと思います。2面ある看板ですから、一面にイースター案内を、またもう一面に御言葉を書いて出すことにします。明日の週末は役所は休みになりますが、来週には見て下さることでしょう。また、近頃案外ここを通られる一般の方も多く見受けられますから、主が用いて下さいますようにと願います。アーメン

今度の日曜日から「受難週」が始まります。金曜日がイエス様が十字架にかかられた日で、来週の日曜日が復活された「イースター礼拝」となるのです。祈って備えていきたいと思います。メッセージのためにもどうぞお祈りして下さい。よろしくお願い致します。

昨日のブログにも書きましたように、4福音書を並行して読んで下さると感謝です。マタイの福音書26章から28章最後まで、マルコの福音書14章から16章最後まで、ルカの福音書22章から24章最後まで、そしてヨハネの福音書は18章から21章最後までです。イエス様の十字架と復活の記事がそれぞれの見方で書かれてあります。

今日は昼間物凄い強風もありましたし、先ほど(夜8:30頃)ちょっと外へ出ましたら、ブルっと来るくらい冷えています。最初に言いましたように、朝夕と昼間の気温差や強風など、どうぞ風邪など引きませぬよう、十分お気を付け下さい。あなたとあなたのご家族皆様の健康が守られますようお祈り致します。

おやすみなさい。

  枝垂れ桜の下に、かわいい忘れ物が・・・

 

お花見へ・・

こんばんは。

今日も朝冷えましたですね。うちではお年寄りもいて、まだストーブを付けています。

あなたのところはいかがですか?

久しぶりに小瀬へ散歩に行って来ました。母も朝が早く、デイが休みの時はどこかへ出かけたくてうずうずしています。主人は主人で、少しやせるように言われていて、ようやく三人そろって初めて、小瀬へ出かけました。

 主人と母 満開の桜の前で

長い間行ってなかったので、小瀬の桜はどこまで咲いているのか全く分からなかったのですが、小瀬も他にもれずいろいろで、満開のところもあるかと思えば、5分咲き、2分咲きなど細かく分かれていました。

 5分咲き・・

本当に今年もおかしな年で、消防署横の毎年一番先に咲く桜はいまだ開いてもいず、先週までなんてことなかった土手の桜は一週間にして満開になりました。

お花の季節って何だかそれだけで心が和み、知らず知らずのうちにウキウキとなりますから不思議です。今週末は”春の嵐”だそうで、さくらにとって試練の週末だと言われています。

少しでも長く楽しみたいものですが、散り際も美しいですし、葉桜もなかなかのものです。新緑もまた、生き生きとしたいのちを感じますし、次々に移り行くこれからが楽しみです。

 

以前から経過報告しています胡蝶蘭も、本筋の花は一通り咲きまして、今日は、2本目の副の茎の花が一個咲いてくれました。

 

  2本目の茎の最初の花

ストーブを付けてお部屋が暖かいせいか、一つ咲いたら先の一つが終わるという具合に、思ったよりも早くお花が終わってしまって、蕾ももうあと2個になってしまいました。でも、本当に良く頑張って咲いてくれましたですね。感謝です。楽しい、ぜいたくな時間を楽しませていただいています。✌(‘ω’✌ )三✌(‘ω’)✌三( ✌’ω’)✌

  あと蕾は2個

イエス様の十字架と復活の記事は、4福音書にそれぞれ詳しく書かれてあります。イースターとクリスマスには、ぜひこの4福音書を合わせて読んでいただきたいと思います。

マタイの福音書26章から最後28章まで 

マルコの福音書14章から最後16章まで 

ルカの福音書22章から最後24章まで 

ヨハネの福音書18章から最後21まで です。

イエス様のご愛を、お互いにもっともっと知ることが出来ますようにと願います。祝福を祈りつつ・・・、おやすみなさい。

4/4(日)午前10時より「イースター礼拝」です!

こんばんは。

今日は物凄くお天気が良かったのですが、風が非常に冷たかったです。富士山はまだまだ真っ白で、今日のようにお天気が良いと非常にビューティフルです。

今朝は7:30分に固定電話が鳴り、何事かと出てみると、「早天はやってないんですか?」という内容でした。”早天”という言葉を知ってるところ当たりから、”この方はクリスチャンだな”とわかります。聞けば、今、教会看板の前にいると言うので、急いで降りて行って話を聞いてみると、静岡の方で、こちら甲府に仕事の面接に来られたのだと言うことでした。ところが、リモートで面接をし、来て下さいと言われたので来たのに、どういう訳か断られてしまったのだと言われるのです。

あとから分かったことらしいのですが、会社の方が複数でかかわったために、別の方が採用を決めた人がいて、その方はどうもあぶり出されてしまったみたいでした。

2、3軒の教会に行ったけれども、軽く断られたということでした。

困っている時はお互い様なのですが、このご時世ですから、たとえ教会でも非常に慎重になり、誤解や摩擦が生じたりすることも現実のことです。断った教会が決して間違ったことをしたとは思いません。それくらい慎重にならなければならない世の中になってしまったのです。悲しいことです。

私たちの教会では、ストーブを付けてあげ、しばらくお話を聞き、何とかお手伝いできることはないかと考え、最善と思うことをしてあげました。

一緒に御言葉を開き、共に祈り、共に主を礼拝することが出来たことも感謝です。

その方が、私たちの教会に来て下さったことを喜んで下さればその方の祝福となり、もし、そうでなければその祝福は教会に帰って来ます。ですから、その時出来ることをしてあげれば良いのではないかと思うのです。

コロナで仕事を探しておられる方も多いことと思います。県外から来られたその方も、一日も早く仕事を見つけることが出来、心も魂も肉体も安らぎを得、希望と将来のある人生を送ることが出来れば‥と願わずにはいられません。アーメン

今日は母もデイが休みでしたから、午後から近くの公園に散歩に行きました。

サクラが3分咲きで、いろんな種類の鳥たちがあちらこちら飛んで桜の蜜を吸っており、ファミリーや大勢の子供たちでにぎわっていました。そういえば、すでに春休みに入ったようですね。そして、椅子がたくさんある一角では、男性のご老人十数人が、囲碁や将棋を楽しんでおられました。

なんとも穏やかな、和やかなひと時で、私の心も安らぎました。神様の、自然を通して働かれる力の大きさを感じます。癒す力、包み込む力、与える力、聖める力、慰める力など、様々な神様からのお恵みを享受してまいりました。母もとても喜んでいました。今日はとても晴れていたのですが、風がまだまだ冷たくて、あまり長居はしませんでしたが、それでも母にとっての散歩には十分だったと思います。「今度は動物園に連れて行ってあげるね。」と約束して帰って来たことでした。

人の心は移ろいやすいものです。「愛だ、感謝だ・・」と言っても、舌の乾かぬそのまたすぐに、全く反対のことを簡単に口にするんですからね。人の心のものとは非常に深いものだと聖書も語っています。今朝来られたその方は、「無人島に一人いるなら、無人島だからさみしくないけど、教会で仲間外れにされるとつらい・・」とおっしゃってました。身につまされる思いで聞いていました。教会の看板に偽りがあってはならないと思いますが、そこもまた罪人の集まりであることの難しいところです。いつの時代でも、たとえどこの国、世界に行っても同じような現象があるのは現実ではないでしょうか?!気を付けたいものですね。

今年は、4/4がイースターになっているのですが、霊園の開花状況はどうなっているでしょうか。来週には一度、お墓の掃除に行って来るつもりですから、その時が一番確かな情報でしょうかね。私たちの墓所がある霊園は、少し山の斜面になっていて高いですから、こちら平地よりもいくらか遅いのではないかと思います。この寒さがいつまで続くかにもよりますが、さくらは、咲き始め良し、3分咲き良し、満開も良し、そして葉桜も良し、ですよね。どのタイミングでもGOOD!だと思っています。

もしよろしければ、4/4(日)午前10時からの礼拝にご出席下さい。共に、イエス様の復活をお祝いしましょう。アーメン

気温が下がっていますので、お身体ご自愛下さいまして、お元気にお過ごし下さい。祝福を祈りつつ・・・。

罪の本質・・

こんばんは。

今日は一日中変なお天気で、物凄い強風が朝吹いていましたが、そのうち止んだかと思ったら曇り、曇っているかと思えば薄日が差し、薄日が差したかと思えばまた曇って急に雨まで降ってくる。夕方また雨と共に、強風が吹き始めました。

車で、信号機赤で止まっていたら、男子高校生の自転車集団が私の車の左に、同じように信号待ちで止まったのですが、物凄い強風の上、急に大粒の雨が降りだして来て、高校生ですから皆さんジャージ姿で濡れながら・・でした。冷たい雨でしたからかわいそうでしたけど、風邪ひかないようにと願います。

昔の人は「暑さ寒さも彼岸まで」と言いましたから、今日は非常に冷えていて、明日の朝も冷える予報ですが、それもここ数日で終わりでしょうか。やっと咲き始めた桜ですから、今回の雨では散らなかったと思いますが、少しでも長く楽しみたいですね。

あなたのところはいかがでしょうか?

 

ところで、2/24(水)からレントに入っています。今年ほど、イエス様の十字架の身代わりの意味を、いろんな方向から教えられたことはないように思います。今までは、いつも自分の立場でイエス様を見上げていましたが、今年は、イエス様はどんなお気持ちだったのだろうかとか、イエス様はどんな風に感じたのだろうかとか、イエス様の立場を理解しようとすることが度々でした。絶対にわからないことですが、少しだけその気持ちを考えられたことは、私にとって大きな信仰の前進です。

先日の礼拝では、第Ⅰペテロの手紙2章20節~25節が開かれました。「罪を犯したために打ち叩かれて、それを耐え忍んだからと言って、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行っていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。

あなた方が召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなた方のために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなた方に模範を残されました。

キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。罵られても罵り返さず、苦しめられても、脅すことをせず、正しく裁かれる方にお任せになりました。

そして、自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷によってあなた方は、いやされたのです。

あなた方は、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。」

私は、イエス様を信じるまでは、自分が罪の中にいたことも、暗闇の中に生きていたことも知りませんでしたし、気が付きませんでした。でも、イエス様を信じて、イエス様の光の中に入れられて初めて、自分が”罪”という真っ暗闇の中にいたことを教えられ、気が付かされたのです。そして、それは”自己中”という、神様に背を向けた生き方であることを知ったのです。神様を信じない、神様に従わない、それこそが罪の本質であり、その結果、虚しさや孤独、愛のなさ、人との摩擦などなど、いわゆる罪の結果を味わっていたのです。

どんな社会、コミュニティーにあっても主従関係が存在します。家庭にあって親と子、学校にあっては教師と生徒、会社にあっては社長と社員、教会にあっては牧師と信徒、という具合にです。

神様を信じない、従わないことが原罪で、そこからいろんな罪を刈り取ることになりますが、同じように、社会、コミュニティーでも、「信じない、従わない」ことが問題の根本であり、そこから「不和や不調」が生まれてきます。子供が親に反抗する、生徒が先生にたてつく、社員が社長と違うことをする、信徒が勝手に物事を進めていく・・・もちろん、それぞれの立場でものの考え方、やり方、言い分はあるでしょうが、神様が決められたのは「秩序」です。お互いがお互いを思いやることでした。

イエス様は、「世の罪を取り除く神の子羊」としてこの世に来られましたが、「元から世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分の国に来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった」と書かれてあります。イエス様は、ご自分の愛する民が、ご自分を受け入れなかったことをどんなふうにお思いになったことだろうと思います。

その時代の一番偉い方々が、自分を否定し、十字架にかけようとするのに、「彼らは、自分たちが何をしているのかわからないのです。」ととりなしされたのは、やはり神様だから出来た、神様にしかできない御業だろうと思うのです。

使徒パウロも、イエス様と同じ神様を父なる神様だと信じていましたが、子なるイエス様を信じることが出来ず、クリスチャンを捕らえ、縛り、牢に入れ、処罰し、死刑にする時には賛成の票を投じたとあります。

しかし、”イエス様が現れる”という劇的な回心を経験し、今度はイエス様を宣べ伝える者へと変えられていきました。自分がしたことがどんなに大きな間違いであったかをはっきりと知った彼は、自分のことを「一番小さな使徒」であると言っています。

罪を示して下さるのは「聖霊様の働き」です。悔い改めへと導いて下さるのも「聖霊様」のお働きです。教会の中で、聖霊様が歓迎され、認められ、そして、私たち被造物が従うことが出来るようにと心から願います。

そのためには、自分自身がまず本当にへりくだって、謝るべきことは謝り、反省すべきところは反省し、前に向かって、主にお従いして歩んでいきたいと心から願います。弱いこの小さい者のために、どうぞこれからもよろしくお祈り下さい。

さて、季節の変わり目で、気温が一日のうちで非常に変化したり、また、気圧の変化も大きいですね。どうぞお身体ご自愛下さいまして、お元気にお過ごし下さい。

またも地震・・!

こんばんは。

昨日サクラ開花宣言が出て、気を付けて桜を見るようになりました。まだまだ固い蕾のところもありますが、この陽気ではもうすぐにでも開いてしまうところも多いでしょうね?!

確かに今年の桜はまちまちで、非常に早いところもあるかと思えば、未だ蕾さえまだ膨らんでいないところも多いです。これからがサクラ本番!というところでしょうか。

ところで、今日は”春分の日”だったんですね。ほとんど曜日で動いていますから、何の日だとかなかなか気が付かないのですが、教会前の駐車場に全く車が止まっていないことも、土曜日だからと簡単に辻褄を合わせていました。そうなんですね、祝日だったわけですね。

”暑さ寒さも彼岸まで”と言った昔の人の言うことは本当でした。今日は、ストーブでお料理するはずだったのですが、昼間暖かかったのでストーブを付けなかったのです。今夜の大根と人参はちょっと堅めでした。(>_<)

今日夕方6時過ぎ、ちょうど母が夕食を食べていた時のこと、激しい揺れを感じ、母が「じしんじゃね、あああああ・」と言いましたから、「なんがよ、麦茶を置いたっちゃが!」とのんきな私。ほどなく、私もユラユラと揺れているのを体験し、本物の地震であることを確認しました。すぐにテレビを付けて見ると、「またも、東北か・・」と、10年前のあの大地震がフラッシュバックされた方も多いだろうとなと心配しました。今回は大きな津波もなく、大事には至らなくて本当に良かったと思いますが、心のケアはまだまだ必要なんだろうなと思ったことでした。「天の父なる神様、東北の方々をどうぞお守り下さい。イエス様のお名前によってお願いします。」

—間― 母が寝ぼけて何度も何度も顔を出しています。”ジョン(犬の名)の世話をせにゃ・・”ですって。(>_<)

 

いろいろ書きたいことはたくさんあるのですが、明日の準備もまだ残っていて、また、別の機会にしたいと思います。

明日のすべての教会の礼拝が祝福されますようお祈り致します。(すみません。m(__)m)   やっぱりきれいです!

迷えるハト・・??

こんばんは。

今日は風もなく本当に暖かい一日でした。一気に桜が咲いただろうと予想はしていましたが、こちら甲府は、なんと観測史上2番目に早い開花なのだそうです。”やっぱり、そうか”と思いました。暖かい日が続きましたからね。

あなたのところはいかがですか?

 

一般的に、「ハトは平和の象徴」と言われますが、今朝、教会に用事があって自宅のドアを開け、らせん階段を降り始めたところで、突然「バタバタ~、バタバタ~ッ」と音がしましたから驚きました。

一羽のハトです。

実は、自宅のらせん階段は外のベランダとつながっていて、どうもそこから入り込んだらしいのです。

捕まえようにもあちらも驚いていますから、ニッチもサッチもいかなくて・・。

やっとの思いで窓のドアを開け、それから、玄関のドアを思いっきり開けてあげました。

「ほらほら、こっちを開けてあげたからね。大丈夫?痛いところはない? 飛べるね??」などと話しかけながら追い出そうとしますが、バタバタと驚き、あっちへ行ったりこっちへ行ったり・・・。

出口からちゃんと外へ出れるように追い、何度かのチャレンジの末、やっと出て行ってくれましたが、出て行ってからもずっと今度は外の窓にしがみつくようにして止まったままで、なかなか飛んで行ってくれません。

どこか負傷しているのではないかと心配しましてよく見てみると、ちょうど額に当たるところの羽が跳ねています。(( ´艸`))痛いのでしょうか?!

またそこで、「どうしたの? どこか痛いの? 大丈夫?」と話しかけながら、ずっと飛び立つのを待っていました。

ハト特有の、目をクルクル回しながら、”いったい何が起こったのかわからない”というような顔をしながら、話しかける私の方も目をクルクル回しながら見て、それからやがて、やっと飛び去ってくれました。

よく見ると、ハトのクチバシって体の割に長く、しかもすごくとがっているのですね。まだ子供だろうと思いましたが、あれじゃあ、もう立派な一人前のしるしです。

 

     

今、大変な嵐の中にいるような気がしますが、平和の象徴であるハトが突然舞い込んで来てくれると、何故か神様からのお使いのように思えてなりません。「キリストの平和が、あなた方の心を支配するようにしなさい。」アーメン

心をしっかり持って、主に喜ばれる歩みを続けていくことが出来ますようにと願います。

 

あなたとあなたのご家族皆様の健康が守られますようお祈り致します。

おやすみなさい。

神様の統治や恵みは変わらない・・

こんにちは。

今日は風もなく、温かい穏やかな日となっています。桜の開花がいよいよ進み、桜前線も北上することでしょう。心の中が嵐であろうと荒まく波風であろうと、神様の統治は変わりなく、穏やかに季節は進み、今日のお天気のように恵みいっぱいであることに変わりはありません。感謝です。

モコちゃんのエンジンオイルが非常に早くなくなることに以前から気が付いていましたが、なかなか思い通りにチャンチャンと管理していくことが難しく、どうかすると警告ランプがついてしまうということがありました。

主人は車が大好きで、自分で手入れを良くして、例えばエンジンオイルを交換すれば、次には走行距離〇〇kmになったら交換しようとか、他の液についても同じでした。次の目安を必ず記録して見えるところに貼っていたんです。

ところが私ときたら、乗るだけ乗って乗りっぱなし‥ということがほとんどで、何か気になるところがあればGSに飛び込むというのが普通のパターンです。

おとといでしたか、モコちゃんに乗っていたら、ちょうど家の駐車場に止った時、エンジンを切る直前にこのエンジンオイルの警告ランプがついてしまったのです。今までの経験から言って、この場合エンジンオイルが”ほとんど空っぽ”という意味です。今までもガソリンスタンドで「交換したほうが良いですよ。」と言われながらも、「とりあえず今日はすみません急いでますので、1ℓだけ足していただけますか」と騙し騙し乗っていたのですが、もうこれ以上騙しはききません。主人に訳を話し、一緒に行ってもらうことにしました。

そのお店につく間、警告ランプがついたり消えたり、ついたり消えたりしていて、ハラハラドキドキしながら、「イエス様、何とかお店に着くまで守って下さい!!」と必死で祈りながら走らせました。

主が祈りを聞いて下さって、無事お店につくことが出来、また、エンジンオイルも全く新しく交換することが出来ました。ハレルヤ!!本当に主に感謝です。

帰って来てから、「イエス様、ありがとうございま~す。」と二人で感謝の祈りをささげたことでした。もちろん主人にも、心から「ありがとう!!」と伝えました。これからしばらくは安心して乗れますから良かったです。!(^^)!

「何かを記録する」というのはホントに大切ですね。自分の口から出た言葉でも、しばらく経つと記憶があいまいで、言ったかどうかさえ忘れてしまいます。

大切な約束事はもちろんですが、自分の口から出たことで、他の人とのかかわりを持つようなことは、簡単なメモでも良いから取っておこうと思っています。そうすれば、後々そのメモを見て思い出すということもありますし、日付や時間など追記しておけば、もっと自分の中で整理出来ますよね。今回、スマホの電話記録やメール記録、ライン記録など大いにお世話になりました。今の時代、こんな便利なものがありますから、本当に大いに助かります。簡単に削除してはいけないなと感じました。

 

近頃、昼間やっとストーブを付けなくても過ごせるようになりました。朝夕は冷えますし年寄りもいますから無理せずつけていますが、だんだん温かくなってきていることをとても喜んでいます。

教会のほんのちょっとの、少ない土地の上に、綺麗な青と赤のヒヤシンスが咲いています。心が和みます。

 

 後ろはブロック塀の、小さな隙間に咲いてくれています きれいです!

また、部屋の中の胡蝶蘭も、一個、また一個と咲き続けてくれています。今、7個目が咲いたところですが、一番先に咲いた花と、二番目に咲いた花はすでに枯れてしまいました。三番目に咲いた花もしおれて来ましたから、今咲いているのは4番目、5番目、6番目、7番目の4個です。2番目の茎についている蕾も、そろそろ大きくなって来ました。最後までしっかり咲いて欲しいです。新葉や新根も次々に出て来ています。やっぱり楽しみです。神様から私への大きな慰めです。ハレルヤ!!感謝します!!

すべての造られたものよ、主の御名をほめたたえよ!! アーメン

今夜は7:30分からお祈り会です。また思いっきり賛美して、思いっきり祈りたいと思います。アーメン

あなたとあなたのご家族皆様の健康が守られますよう、イエス様のお名前によってお祈り致します。 アーメン祝福を祈りつつ・・・。

「あなたのしようとすることを主に委ねよ。」

こんばんは。

今日も良いお天気で感謝でした。近頃、朝の気温は5℃前後ってことはわかっていましたが、まさか「霜注意報」が出ていることには気が付きませんでした。ここに来てもまだ「霜注意報か・・?」と驚きましたが、確かにここ数日冷えています。それに比べ、昼間の温度は18℃前後まで上がって来ましたが、明日水曜日と金曜日は20℃との予報です。各地で、「サクラ開花」となるのも納得です。こちら甲府も、開花宣言はそろそろでしょうか??と思いますけど、いえいえ、まだ高山は新雪が降っているのですから、そのおろし風が吹いて冷たかったです。

 

ところで、私たちは、新年を迎えると「今年の計は元旦にあり」で、新しい目標やスケジュールを立てますが、さあ、3月の中旬を迎え、その計画は進んでいるでしょうか。

私も個人の目標を立て、また、教会は教会で行事、人事、予算など一年間の計画を2月の総会で決めました。それなりに順調に進んでいると信じていますが、時には物凄い誤解を受けたり、バカにされたりする時もあります。

正直やまじめの上に二文字付く私などはその典型です。でも、主が共にいて下さるのが大きな慰めであり、励ましであり、力です。

今朝読んだ箴言には、次のように書かれてあります。「人は心に計画を持つ。主はその舌に答えを下さる。人は自分の行いがことごとく純粋だと思う。しかし主は人のたましいの値打ちをはかられる。あなたのしようとすることを主に委ねよ。そうすれば、あなたの計画は揺るがない。~ 人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。」

個人の計画も、また教会の計画も、主が喜ばれるものでなければならないと思います。ですから、自分がどうしてでもしようと思うのではなく、主が導かれる道を歩まなければならないことが分かります。

個人も教会も主の御声をよく聞く事が重要で、さらにその上、その御声に従うことが大切です。

主の御旨がはっきりわからないうちは動かず、じっとして祈り続けることです。主は必ず答えて下さいます。そして、その答えを聞いたならば実行に移すことです。御声を聞かないまま行動したり、あるいは御声を聞いているのに従わなかったりすることは損な結果を招きます。人の話にもよく耳を傾けて、主がそういう方々を通して語ることも多いと思いますから。

私たちが計画を持ったなら、主の前に静まり祈り、たとえどんな答えであろうと主にお従いする覚悟がなければなりません。自分の願いがいつもいつも主の御旨とは限らず、自分の欲である場合もあるからです。ですから、謙遜になって確かな御声を聞き、お従いすることです。

主は良きお方です。私たち神の子供に良いものを与えて下さいます。ですから、このお方をしっかり信じて、待ち望むことです。アーメン

本当に主は良きお父様です。アーメン 

あなたの願いや祈り、計画が主に喜ばれるものでありますように。そして、主のご真実にあずかることが出来ますように。アーメン

あなたは愛されています。イエス様をあなたの身代わりとして十字架にかけるほどに、あなたを愛しておられます。アーメン

このお方にすべての栄光がありますように。アーメン

まだまだ寒い日もあります。どうぞ健康が守られますようお祈り致します。

おやすみなさい。