クリスマスと再臨はセット・・

こんばんは。

お天気は上々なのですが、今日もホントに冷たい風が吹く、ブルッと寒い一日でした。こんな日は、富士山が実にハッキリクッキリ見えます。特に、我が家から見える南アルプスは、いよいよ冠雪が進み、実にビューティフルです。今日もかなり☼ガンガンでしたが、ここまで冷えると、もう解けることはないでしょう。

今朝、そういえば初めて今年の氷を見ました。今までもあったのでしょうが、なかなか外のバケツの水の中まで見てなかったので、驚きました。さぶっ!

 

ところで、今日は多くの教会で「クリスマス礼拝」がささげられたことだろうと思います。私たちの教会でもそうでした。今年は、コロナの影響で自粛、自粛を心掛け、礼拝後の会食は中止と致しました。例年ならば、美味しい手作りの料理をいただきながら、ハーモニカ演奏やフラダンスなどを鑑賞しながら、楽しく祝うクリスマスなのですが、本当に寂しい限りです。

 集会の中でフラを披露

メッセージの中で語られたことですが、イエス様は、神であられる方なのに、人の姿をとってこの地上に生まれて下さいました。それはひとえに、私たちを愛し、私たちを救うためにご自身が私たちの罪を身代わりに背負って十字架にかかって死んで下さるためでした。

けれども、イエス様は十字架にかかって死なれてから、墓に葬られ、三日目によみがえり、そして再び天に帰って行かれました。その帰る直前、お弟子たちに「わたしはもう一度来ます」ということを約束されてから、帰って行かれたのです。

一度目は「苦難のメシア」=私たちの罪の身代わりのために十字架にかかるため、そして今度の2度目再臨は、私たちを天の御国に迎えて下さるためです。

神であられる方が、人となってこの地上に来て下さったのも非常に驚くべきことですが、もう一度私たちを迎えに来て下さるというのも、真に信じがたいほどのことです。でも、人となって生まれて下さることは何度も何度も預言者を通して語られていたように、再臨されることもまた、たくさんの預言者やお弟子たちによって語られています。ですから、私たちは信じます。

まだ見ていないことを信じるのが信仰です。私たちは、信仰をもって待ち望みます。

ただ、誰もが一度聞いても、二度聞いても、いえ、何度聞いても信じ難いことなので、ぜひ聖書を読んでいただきたいと願います。神様が、どんなに私たち一人一人を愛しておられるかが分かれば、聖書の御言葉が真理であることを悟ることが出来るでしょう。

イエス様を信じる前には、自分が一体何のために生まれ、何をしたら良いのかわからず、ただただ空しい思いを抱えていました。けれども、聖書の中の伝道者の書に「空の空、すべては空」と何度も出て来るところを読んで共感し、何度も読んだり、別のところも読んだりしているうちに、「神様っているんだ!」と確信し、「私が求めていたのはこの愛だ!」と揺るぎない信仰をその時頂きました。それからは聖書を何度も何度も読み、いよいよ真理を教えられていきました。

ですから、一人でも多くの方にこの真理をお伝えしたいと願っています。世界中に福音が宣べ伝えられたら、世の終わりが来ると聖書は語っています。ですから、一枚でも多くのトラクトを配り、証しをし、福音を宣べ伝えたいです。

教会の霊性が上がるように教会そのものも整えられていくことを願っていますし、さらに会堂や駐車場も備えられていくようにと願い、準備しています。

ところが、現実はまったくの正反対で、コロナにより通常の礼拝が出来なくなり、兄弟姉妹には問題が多くのしかかり、礼拝さえもままならない方々が多くおられます。主がご介入して下さらなければどうにもなりません。主が、教会を哀れんで下さり、兄弟姉妹を慰め、励まし、立たせて下さいますように祈ります。救い、癒し、解放の御業がなされて参りますように。

神を神とする。神の国とその義とを第一にする信仰に立ち返る。そのためには、聖書を読むことはもちろんのこと、祈る、礼拝に出席する、什一献金をささげるという、基本がしっかり一人一人の信仰の土台となるようにと願います。

神様は、すべての人を愛しておられ、どんな人をも救って下さいます。ですから、このお方に近づいて欲しいです。そうすれば、このお方も近づいて下さいます。アーメン

イエス様が、私たちを愛し、私たちを救うために、人となってこの地上に来て下さったクリスマス、本当に心から感謝し、御名を崇めます。「天には栄光、地には平和」が豊かにあらわされて参りますように。アーメン

あなたとあなたのご家族皆様も、本当のクリスマスをお過ごし下さい。祝福を祈りつつ・・・。

おやすみなさい。

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