詩篇46:1~2a「神はわれらの避け所・・・」

こんにちは。

今日はまた特に残暑厳しい一日となりました。

一歩外を歩いただけで、ギラギラ太陽の熱射と、コンクリートからの照り返しが半端ないです。

こちら甲府は、36℃との予報ですが、いえいえ、それはないでしょう?! もっと凄いですよ! 暑いです!!

 

母は今日は休みなので、どこかへ行きたがるのですが、夕方少し涼しくなったら買い物行こうねと励ましています。

 

近頃、毎週日曜日には「音声メッセージ」をラインを通して流しています。20分足らずの短いメッセージですが、聞く方もあまり長くなくて良いかな?!と思っていますが、日曜日の礼拝にしては物足りないと感じている方もいるかもしれません。

とりあえず、何かに取り組まないと・・・と思っています。

先日、ブラジル人のレーマ聖書学校の卒業式に出席させていただいた折、お隣の教会の先生が隣に座られて少し交わったところ、ユーチューブにメッセージをUPしておられるそうで、私たちの教会のためにも労苦して下さるというので、よろしくお願い致しますとお願いして来ました。

今は、他のことで忙しくしておられ、8月いっぱいでそのことが終わるそうですから、9月に入ったら、その先生の都合で私たちの教会に来て下さり、色々助けて下さるということになっていて、とても喜んでいます。

このコロナのことを通して、あらゆる方法を通して福音を宣教していく分かれ目に来ていると感じています。

もちろん、今まで通り、トラクト配布も頑張りますが、メディアを通しての福音宣教も、これからの時代求められます。

いろんな方々にアプローチできるように、いろんな方法を模索していきたいと願います。

主が、このような助け手を与えて下さることに心から感謝しています。どうぞ、お祈り下さい。

 

今日のメッセージは、「百万人の福音」9月号に載っていたマルチン・ルターの記事について語りました。

ルターの時代にも疫病が流行り、彼は「死の災禍から逃れるべきか」という手紙を記し、何度も増版を重ねながら次のように語っています。「牧師などの聖職者は、こういう時こそ逃れるべきではなく、イエス様が言われた『良い羊飼いは羊のために命を捨てます。-ヨハネ10:10-を御心とし、隣人に仕えるべきだ』と。」

そしてそれは、「神がついているから何をしても守られる」というような軽率な態度ではなく、神に信頼すべきであって、神を試みてはならないとも警告しています。

ルター自身、「私は、神が守ってくれるように祈る。そして消毒をし、空気を入れ替え、薬を用いる。自分が感染者とならないために、不必要な場所や人々には近づかない。でも、もし隣人が自分を必要とするなら、どこへでも、どんな人のところへも出かける用意がある。」と言い、

①御言葉によってメンバーが死と生について正しく理解できるよう、信仰に固く立つことが出来るよう、礼拝出席できるよう励ます。

②死と生について正しく理解し、いつでも用意しておく

③病人が牧師に来て祈ってもらいたいときは、出来るだけ早い時期に要請する

④病人が亡くなった場合、教会の墓地に葬るかどうか、医者や経験者の意見を聞く

⑤サタンの攻撃に対して、速やかに終息するよう祈る こととし、

「お前の牙に毒があったとしても、キリストにはさらに大いなる『福音』という薬がある。悪魔よ去れ!!キリストはここにおられ、ここに主に仕えるしもべがいる。キリストこそ崇められるように。」と説教したということです。

まったくもってアーメンです。

御言葉にあるように、「神はわれらの避け所、また、力。苦しむ時、そこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。」ー詩篇46:1~2aー

今回のコロナのことで、何度も何度も読まれ、メッセージされた箇所です。

主こそ、私たちの避け所であり、力であり、また助けです。ですから、私たちは恐れません。

自分自身を守っていただき、さらに必要とされる方々の隣人になりたいと願います。アーメン 

あなたとあなたのご家族皆様に主の守りがあり、恵みと祝福が豊かにございますようお祈り致します。

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